海外奮闘記

2016-08-08

海外出張

1978年 豪・シドニー/カンタス航空・B747訓練1ヶ月滞在

ANAは B747新機種導入の際に、整備士の訓練をオーストラリア・カンタス航空へ依頼、20人学級の一人として、構造・機能の座学と実機訓練を受講しました。

Sundayサンダイ(日曜日)、leverリーバァ(機械レバー)など、アメリカ英語を勉強した私達にとって、初めての英系オーストラリア英語の発音にびっくり、また数字英語がわからないため何度も繰り返してもらったものでした。

オーストラリアは、牛肉、語学留学、そして広大な土地などで有名です。
特に留学では、日本との季節は逆ですが時差もほとんどなく過ごしやすいため、日本人の留学先としてとても人気の高い国の一つです。

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1982年 米・シアトル/ボーイング社・B747耐空検査3ヶ月滞在

ANAが購入した機体1機毎に、航空局検査官による耐空検査(製造過程検査・地上検査・飛行検査)が行われますが、私が整備本部から検査員の一人として指名され、B747-200型機・JA8158を担当しました。

シアトルのボーイング社工場にて・生活にて、アメリカ人の大きな声と話しの速さに常に圧倒され続けました。
日本人の多くが学ぶアメリカ英語ですが、会話についていけないと無視されたり、話が下手だとバカにされたりで、何でもはっきりと言うアメリカ人だということがわかりました。

アメリカ人だけではなく、欧米人全般に言えることですが「はい」「いいえ」がハッキリしています。
すなわち、言わなければ伝わらないと考えているハッキリした物言いをするということですね。

また、
感情表現が豊かな人が多く、質問に対しての答えや結果に、非常にわかりやすいリアクションをとる人が多いようです。

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海外駐在

1990年 フランス/成田-パリ路線開設・整備マネージャー5年駐在

成田-パリ路線開設はパリ・シャルルドゴール空港になります。
そこで行われる整備業務は、現地の航空会社・エアフランスへの委託契約になり、私・整備マネージャーは飛行間点検と不具合処理作業の管理・監督業務を行います。

ANAパリ支店空港所として整備事務所を立ち上げた上で、エアフランスの整備士に対する訓練や日本から送られてきた部品類を配置するなど、準備に約半年かかりました。

そして、成田-パリ路線の初便が来た時は、初便のお客様と共にANA役員・パリ支店長・私たちスタッフによる盛大なセレモニーがあり大感激、人生の良き思い出となりました。

 

パリは冬が長く、大変寒いところです。住まいは石造りのアパートで古い感じでしたが、唯一床暖房が充実していて、私達には新しい感覚でしたし、大変ありがたいものだと感じました。

私達家族共々、生活のためにフランス語を勉強するよう、会社の指示がありましたので、日本で一月程語学学校に通いましたが、生活に必要な場面集を覚える程度で、ともかく一から覚えるわけですから、外国語をスタートするということがこんなに大変なことだと改めて感じさせられました。

 

皆さんもご存じのように、フランスはイギリスと共に歴史のある大国で、フランス語もカナダやアフリカなど、多くの国に採用されています。

職場にてそして生活上にてフランス人が話す鼻に抜ける発音の英語がわからず、何度も聞き返しては高貴なフランス人に嫌がられたものでした。

ヨーロッパ各国もさまざまです。スペインではBarバル(立ち飲み屋)、アラブ系の人たちも舌を思い切り巻くようにしてRacing-carルエイシング・カル(競技車)などなどです。

 

自分の考えをしっかりと持ち、言うべきときにきちんと伝える技術は、ヨーロッパ諸国の中でも一番レベルが高いと言われています。
したがって、自分の意見や考え方のない人間は、他の人から相手にされないとのことだそうです。

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1996年 インド/関空-ムンバイ路線開設・整マ・支店長5年駐在

ムンバイは以前ボンベイと呼ばれていた商業都市で、インド地図上の逆三角形において西側の中間に位置し、アラビア海に面した街で常夏です。

ここでは、空港事務所での整備業務だけではなく、支店事務所で現地採用の営業マネージャーと貨物マネージャーとの販売促進活動、さらに営業本部への活動・実績の報告など、大変な思いをしながらの日々でしたが何とかこなすことが出来ました。

 

さて、インド国内にはヒンズー言語が数多くあり、地方へ行くとお互いの言葉が全く通じないそうです。
例えば、インド・ルピーの紙幣には、16もの言語で金額を表しています。

このような混乱を避けるために、英語に統一するとの政策があり、小学校から国語と英語は同時スタートしますが、英語が大変上手で、現地採用のスタッフ全ての人たちは、スタッフ同士でもいつも英語で話をしています。

しかしながら、彼らの口にこもった喋りの発音とアメリカ人以上の喋りの速さに慣れるのが大変でした。
特に電話での会話はいっそう大変でしたが、彼らが話す高度なイギリス英語によって、私の英会話スピーキングが鍛えられたことを感謝しています。

 

ゼロを発見した国として有名ですが、インド式計算が注目を集めたり、数学などが進んでいることもあって、頭も切れます。

余談ですが、日本では算数の掛け算は9×9までですが、インド人は15×15まで暗記をしています。

また、ゼロを発見した国としてコンピューター・ソフト作りは世界一だそうで、いつもアメリカのソフト会社が、インドのソフト会社を頼りにしているとのことです。

例えば、コンピューター2000年問題でははっきりと脳裏に焼き付いていることと思います。それは1999年から2000年に切り替わる時点で、コンピューターが誤作動してパニックになるのではとの話しでしたが、インド人が作ったソフトが大活躍して、おかげで何のトラブルもありませんでした。

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